導きの星

[3]
 


「…どれだけ悲嘆にくれようが、悲劇の主人公を気取ろうが…そんなのは、自由だがな。コイツを巻き込 むことだけは、俺が赦さん」 酷く不快そうにパオフゥがそう言って、順平の姿を見つめる。 「そういう言い方はないでしょう、パオ…」 「……残された自分がやるべきことも、進むべき道も判っている癖に、敢えてそれから目を逸らし、その せいで道を踏み外そうとするようなヤツは…勝手に道を踏み外して、二度と日の当る場所に戻れなく 成っちまった方が却って清々する」 昔……大切な人を亡くした時の青臭かった自分と重なる順平という少年の為にうららが心を砕いている のが、パオフゥの心を酷く苛立たせているようだった。 「…んだよ…俺の気持ちなんて…判りもしないくせに…」 突然現れたどう見ても胡散臭い男に、訳知り顔で罵倒されたのが酷く気に障ったのか、順平がパオフゥ 剣呑な光を宿した目で睨みつける。 「……ああ、わかりゃしねぇさ。…自分の為に大切な誰かを失ったのは、自分ひとりだと思い込んで逃 げてるような…惰弱な感傷に浸るような甘い野郎の気持ちなんぞ判りたくもねぇさ。…満足か?無駄な 時間を過ごして、悲嘆にくれて。周りが心配しているのを見て、悦に入って…大した身分じゃねぇか?」 「パオ!!」 パオフゥのあまりの物言いに、うららがその頬を張った。 「……言っていいことと悪いことの区別も、付かないの?」 「……ッチ」 感情に任せて振るわれたうららの掌はかなりの力が込められたいたらしく、パオフゥの唇の端が切れ、 血が滲む。忌々しそうにその血を拭いながらパオフゥが小さく舌打ちをする。 「……進むべき道がわかってたって…気持ちの整理が付かないままじゃ…前に進めるはずないでしょ う?」 自分の気持ちに気が付かない振りをして蓋をしたところで、結局、少しも前になんて進めやしないのだ からと、うららが呟く。 「……ごめんね、伊織君。…この人も…自分のせいで…大切な人を亡くした事があるから…余計に、熱 くなっちゃってるみたいで」 少しだけ辛そうな顔をしてうららが順平に詫びる。 「……いや…その人の…言う通りだから……仕方ないッすよ」 そういって、順平がうららから顔を隠すように帽子の鍔を下げる。 「…今の俺は…逃げてるだけっすから」 「…伊織君」 「…判ってるんすよ…逃げたって…何も解決なんかしないって。でも…受け入れろって言われたって、 俺、そんなの…無理だ…守りたかったチドリに…守られて生きながらえたなんて……こんなの!!」 順平の頬を流れる涙がぽたぽたと落ちて教会の床に小さな染みを作っていく。 「…苦しみも、悲しみも…その全てを一人きりで耐えることなんて…誰にも出来ないわ」 チドリの名を呼びながら、幼子のように泣きじゃくる順平の身体を、うららがそっと抱きしめる。 今の順平に必要なのは…その身に抱えた大きすぎる悲しみと、苦しみとを…吐き出すこと。 そしてそれは、彼にとって近しい人には出来ないことだったのだろう。 「泣いてもいいの。涙は、心を軽くしてくれるから…」 「……っ…くぅ…」 うららは腕の中の順平の涙が止まるまで、抱きながらその背を優しく撫で続けてやるのだった。 「……泣きつかれて寝るなんざ…赤ん坊か、こいつは…」 いつの間にかうららの腕の中で眠ってしまった順平を見つめて、パオフゥが呆れたように呟く。 「…ここの所、まともに眠ってなかったんでしょ」 眠ってしまった順平の頬の涙を指で拭ってやりながら小さな声でうららが言う。 「……ったく」 「ありがとね、パオ」 散々泣いた為に瞼は腫れてまっていたが、苦悶の色の薄くなった順平の顔を見つめて、うららが柔らか に微笑む。 「……何のことだ?」 「わざとだったんでしょう?」 言い放った欠片も容赦のない言葉は、全て、順平の為。 パオフゥが本当に順平のことなどどうでもいいと思っていたのであれば、あんな台詞を吐く事もなく自分 を連れてその場を後にしている筈だとうららが呟く。 「……さあ…どうだかな」 口の端を少しだけあげて意味ありげな笑みを浮かべてパオフゥが肩をすくめる。 「…それと…ごめん。…思わずひっぱたいちゃったりして」 パオフゥの口の端にこびり付いている血の汚れを見て、うららが気まずそうに言う。 「…随分と久しぶりだったんでな…とっさに避け切れなかっただけだ」 「でも…痛かったでしょ?」 「拳でなかった分だけ、マシだと思ってるさ」 流石の俺でも、お前さんの拳を貰って無事で居られる自身はねぇからな。 そう言って、パオフゥがうららに抱かれたままになっている順平の顔を覗き込んだ。 「…どうしてガキどもは、ガキの癖に身に合わない背伸びばかりしやがるんだろうな」 「……そういう時期って、誰にだってあるじゃない」 「……まあ、それはそうなんだがよ」 背伸びにだって限界があるってことぐらい、わからねぇもんかねぇ… そう言ってパオフゥがうららの腕から順平の身体を引き剥がして軽く抱えると、聖堂に備え付けられてい る長椅子の上に移動して横たえる。 「キツかったんだろうね」 痛ましげな視線を向けて、うららが言う。 「…だろうな。」 自分の経験した事を思い出したのか、苦々しい口調で、パオフゥが答える。 「………助かったわ」 正直な話、自分ひとりでは…順平をこんな風に楽にしてあげることなど出来なかっただろうと、うららが 言う。 「だが、手助けはここまでだ」 「判ってる」 ここから先は自分やパオフゥではなく、順平や順平の近しい人たちとで乗り越えていかなければいけな いことなのだ。 「…ありがとう、パオ」 「まあ、成り行きだ。……お前も、ほいほいと簡単に飛ばされてるんじゃねぇ。探すこっちの身にもなって みろ…」 少してれたように言うパオフゥの姿に、うららが困ったような嬉しいような複雑な笑みを浮かべる。 「…探して…くれたの?」 「……!!」 「…ねえ?」 「……天野が大騒ぎしてな。……それを止める為だ」 「…マーヤが?」 「あいつらも、俺とは違うルートでここへ来てる」 眉根を寄せ、眉間に深い皺を刻んでパオフゥがそういう。 「………うわ〜っ…大変だ…」 パオフゥの言葉を聞いたうららが参ったとばかりに頭を抱えてみせる。 「…とりあえず、天野と周防を回収したら…ベルベットルームを探すぞ」 「判ったわ…」 「…行くぞ」 「ええ」 パオフゥの少しばかり早い足取りに付いていこうと、うららも急いで教会から出て行く。 「……おいてきちゃって良かったのかしら…」 少し後ろ髪を惹かれるように教会を振り返るうららの姿を見て、パオフゥが苦笑する。 「テメェの足で歩いてきてるんだ…目が覚めれば、帰るだろ」 「…そうね」 イチョウの葉の黄色い絨毯を踏みしめながら歩いていると、遥か前方から、銀髪の少年がこちらに向 かって走ってくる姿が見える。 キィィィ…ン 耳鳴りのような感覚…ペルソナの共鳴。 おそらく、順平の仲間の一人なのだろう。 切羽詰った表情を浮かべながら、教会を目指して走っている。 「……どうやら、心配する必要もねぇようだ」 にやりと、パオフゥが笑う。 「そうね。じゃあ、私達はマーヤたちを探しましょう」 きっと…大丈夫。 走ってくる少年の邪魔にならないように緩やかに道の端に移動して、うららは微笑むのだった。

fin


笑顔魔神様はどうやら、別の場所にご降臨の模様です。
そっちも…書こう。うん。書こうね。私!



<明>
「贖い〜」を読んで朱里さんに感想と一緒にこの先どうなるのかな?と伺ってみたところみんな救われない話になると聞きまして。
救いがほしい〜と駄々を捏ねた私に心優しい朱里さんが執筆してくださいました。
ほんとその節はお世話になりました(笑
個人的にパオうら好きなのでのっとり上等です。
笑顔魔人様ご降臨の話をまってますね〜。