それはいつものようにタルタロスを探索していたときのことだった。
その階層で戦うことにも大分慣れたため、それぞれ散開しての行動をとることになった真田は、さくさくシャドウを殲滅していった。
その中で遭遇した蛇のかたちをかたどったシャドウを消滅させると、先ほどまでシャドウがいた空間にコロンとなにかが転がったのが見えた。
宝石だろうとあたりをつけながら拾ってみるとそれは意外にも掌サイズの薬の瓶だった。
この塔では傷薬やメディカルパウダーがごろごろ落ちているのだから、これもそうなのかもしれないと思ったがまじまじと瓶を見つめた真田はすぐにその考えを却下した。
『ソレ』は『惚れ薬』とでかでかと書かれたラベルの貼ってある、中にどぎついピンク色の粉が入った瓶だったのだ。
冗談でもなんでもなく、惚れ薬である。
常識に疎いとSEESメンバーから散々言われている真田にだって、そういうのが実在しないだろうことなどわかってる。
というかそんなものあったら自分はこんなに苦労するか、というのが正直なところ。
馬鹿らしいと直ぐに投げ棄てようとしたのに、どうしても捨てれなかった。

もしかしたら、と囁く声が自分のなかにあったのだ。

だってここは日常を逸脱した、なんでもありなタルタロス。
どうしてこの惚れ薬が偽物であると言い切れる?
さらにこのアイテムを落とした敵が恋愛のアルカナをもち、かつ魅了の技を多用してくる存在であっただけに妙に説得力があったことも災いした。
惚れ薬なんて、そんなものは信じちゃいなかった。いなかったが。
もしこれが本物で。
順平が真田に恋をしたとしたら。
自分は好きなだけ順平に愛を囁けるのだ。
別離を恐れることなく、拒否を厭うことなく、心の赴くままに。
そればかりか一方通行な想いではなく、順平からも想いが返ってくるのだ。
それは真田の求めて止まない夢。
けれどいつか終わることの約束された夢。
もしもこの薬が本物で、これを使って順平の心を自分に向けさせたとしてもいつかは効果が切れるだろう。
夢から覚めるように、魅了の魔法が放っておいても解けるように、きっといつかは。
それすら予想できていても、真田はこれを使いたかった。
もしろもうこれが偽物でも良かったのだ。
偽物なら偽物で諦めが付く。
自分には夢を見る権利もないのだと思うことにするから。
けれどもしも自分にこれを与えた何かに慈悲があるというのなら、自分に一時でいいから夢を見せて欲しい。
ありえないことだからこそ、夢なのだから。

正体不明の、本当に効くかもわからない薬に頼ってしまうくらい。
それぐらい真田は追い詰められていたのだ。





自分の様子がおかしいことを心配してくれた順平を自室に招き入れる。
相談したいことがある、そう告げれば、何の疑いもなくついてきた。
そして用意しておいたジュースにこっそりと『惚れ薬』を混ぜてみたのだ。

しばらくたわいもないことを話しながら観察していると、まずはこの部屋が暑いと言い出した。
頬を紅く染め、手で仰いで襟ぐりの隙間から風を送る姿はとても可愛かった。
それから息が乱れ始める。
はあはあ、と苦しそうに息を吐く様子に少し心配になって額に触れてみれば、体温がやけに高い。
そして触れるたびにびくっ、びくっと震え、明らかに反応していた。
あれ?なんか、変だぞ?
ここまで来て真田はやっと異変に気付く。

もしかして。

もしかしなくても。



『惚れ薬』って媚薬のことかー!?



自分が欲しかったのは順平の心なのだ。
こうなるなんて予想もしてなかった真田は混乱した。
ところがどうしよう、どうしようと慌てる真田に順平が苦しそうな顔をして(それがやけに艶っぽいのだ)縋ってきた。

「たすけて、さなださん」

追い討ちというか、決定打というか。
そう言われた瞬間、真田をギリギリ保っていたなにかが(たぶんそれは理性とか、正気とかいうものだったのだろう)決壊してしまった。

腕を縛ったのは、逃げ出さないようにするため。
いやだいやだ、と暴れる躰を力で押さえつけた。
予想外のことに怯える瞳には浅ましく順平にのしかかる自分が写っていたがそのときは気にならなかった。
ベッドに転がして、服を引き裂いて床に放り捨てる。
肌に吸い付きあちこちに自分の触れた証である紅い華を咲かせた。
脚を大きく開かせ後孔を指と唾液で馴らし、遂に自分の欲望を強引にねじ込んだ。



「気持ちイイだろう」
ちがうこんなこといいたいんじゃない。
「嫌だ、なんて言ってる割には悦んでるじゃないか」
うそつきなのはどっち?
「ホラ、今お前の中のどのあたりにいるのかわかるか?」
もうやめたいのに。
「順平」
あいしてる、なんてことばいまさらいってどうする?



あのくるくる変わる綺麗で真っ黒な瞳に真田が写ることはもうないのだ。
真田と共有した思い出も、全部全部葬ってしまうだろう。
憎悪と蔑みと、嫌悪のなかに。
けれどこれは当然の罰なのだ。
叶わぬ望みに、リスク無しで触れようとした卑怯者への罰。

嫌だと泣いている順平が見ていられなくなって、獣の体勢で背後から順平を犯しながら真田も泣いた。
次から次へと涙が止めどなく溢れてきて、頬を伝い順平の背中にぽたぽた落ちていった。