光の射す部屋

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あの人がいるだけでドキドキする。 声が聞こえるだけで、頭の芯から蕩けていきそうで。 視線がぶつかると、苦しくて。 たまに返してくれる普段からは想像できない柔らかな笑みをみると、身体が熱くなって。 …変だ。 こんな俺…俺は、知らない。 こんなの……俺じゃあ…ない! ねえ、荒垣さん。 「…順平……お前の事が好きだ」 ぎゅっと俺のこと抱きしめて、囁いたあの時… アンタ、俺に何を…したんすか? 「…順平?」 掛けられた声に思わず飛び上がりたくなる衝動を抑えるようにして、順平はかろうじて返事をする。 「…は…はい!?」 「……何も、とって食おうってんじゃねぇよ」 裏返ってしまっている順平の声を聞いて、荒垣が苦笑を浮かべる。 「……そんなの、俺だってわかってるっすよ」 それでも。 荒垣を目の前にしてしまうと、心臓がドキドキと物凄い速度で高鳴ってしまって落ち着いてなんていられ ないのだから、順平自身だってどうしようもないのだ。 「………でも、こうなっちまうんだから…しょうがないじゃないですか…」 「意識しすぎだ…馬鹿」 荒垣が順平の隣に腰を下ろす。 「……そんな事言われたって…意識しないで居るほうが…無理っすよ」 「…そうか?」 カチコチと固まってしまっている順平を見て、荒垣が笑う。 本当に、自分と一つしか歳が違わないなんて信じられないような大人びた雰囲気のあるその笑い方。 そんな風に笑われたら、何もいえなくなってしまうじゃないか。 順平が、膝の上においていた掌をきゅっと握り締める。 「…順平?」 「俺…荒垣さんとかと違って…誰かに好きだなんて…言われたことないから…」 好きだと言って来た相手と一緒に居て平然となんてしていられないと、順平が告げる。 「……なんで…俺…なんすか?」 少しだけ恨めしそうに順平がそういって荒垣の顔を見上げる。 「さあ…何でだろうな?」 「俺が聞いてるのに…」 「人に惚れるのに、わざわざ意識して惚れたりなんざしねぇだろうが」 少し赤みの増した順平の頬に誘われるようにして荒垣が手を伸ばし、そっと触れる。 びくっと順平の身体が震えるのを見て、少しだけ寂しそうに荒垣が頬に触れた手を離した。 「……やっぱり、思い違いなんじゃ…」 「自分の気持ちを間違えるほど鈍かねぇ」 アキあたりと一緒にするなと、荒垣が渋面を作る。 「……俺、どうしたらいいんだろ…」 ふう… 順平が深い溜息を一つ付く。 「……それを、俺に聞くのか?」 「…え…いや…あの…別に荒垣さんに聞いたわけじゃ…」 「………」 「……荒垣さんに…好きだって言われて……正直なところ、物凄い吃驚したす。…おれ、荒垣さんの前 では情けないところしか晒してないのに…なのに…そんな風に言われるなんて…想像もしてなかった から」 照れて赤くなっている順平の姿を見つめるだけで、満たされる。 くるくると様変わりする表情。 どこにでも居る誰でもが持つ幸せな暖かな匂い。 本当は、見てるだけで居るつもりだったのに。 不意に伺う事がある酷く不安定な様子。 気のせいで済めばそれでいいと思っていたそれは、自分の気のせいなどではなくて。 順平の中に根付く、危うげな翳り。 自分など誰にも必要とされていないのだと身食いしてしまいそうな気配と寂しげに揺れる瞳を見た瞬間 思わずその身体を抱きしめていた。 「…そうか」 自分には、そんな風に順平に想いを告げる資格などないというのに。 残された時間が僅かしか残っていないのだと言う事は、誰でもない自分が一番判っているというのに。 自分など、誰にも必要とされていないのだと叫んでいるような順平に、お前の事を何より必要としている ものが居るのだと、伝えたくて。 込上げて来る衝動を抑えきれずに告げてしまった己の想いのせいで、順平を困らせてしまっていること が情けなくて、荒垣がほんの僅かに眉間に皺を寄せた。 「…でも…………いやじゃないんすよ…」 ううん…違う。 ボソリと順平が呟く。 「…順平?」 「……うれしいって思ってる自分が…居るんすよ」 「…順平…お前……自分が何を言ってるのか…判ってるのか?」 「……だって、ホントだから。でも、まだ、それぐらいしか…判らなくて…」 自分の事だって言うのに情けない話なんだけどと、順平が申し訳なさそうに告げる。 そんな順平の姿を見た荒垣が小さく笑う。 自分が告げた想いに、真剣に向き合ってくれている。 「……そう…か」 …それだけで、充分だ。 「……悪かったな、順平」 そういって、荒垣が帽子の上から順平の頭を撫でる。 「…荒垣さん?」 「それだけ聞ければ…充分だ。…アレは…忘れてくれていい」 いや、忘れてくれ。 俺という人間が居たと言う事も。 ただ、順平という人間を必要とするものも居たのだと、そう覚えているだけでいい。 「…何っすか……それ」 「……つまらないことで煩わせちまって…済まなかったな」 これ以上は、駄目だ。 俺は、痕どれだけの時間お前の傍に居られるのか判らない。 そんな人間が、お前の傍に居るわけにはいかない。 そう。 これ以上…何も望んではいけないのだ。 「…何で……」 立ち上がり、傍から離れようとする荒垣を阻止するように、順平の手が荒垣の腕を掴んだ。 「……そんな勝手なこと言って、俺を振りまわすんすか?…やっぱり、あれっすか?…俺のこと、から かったんすか?」 「………そうじゃねぇ」 嘘や冗談で済ませる事が出来れば、どれだけよかっただろう。 こんな…想いを寄せた相手を苦しめる事が判っているのに……そんな風にごまかすことさえ出来ない ほど…愛しくて仕方がない。 その身体を掻き抱いて。 自分の全て焼き尽くして。 二度と離れられないように強固な鎖で雁字搦めにして閉じ込めてしまいたい。 そう、望むほど… 「…離せ、順平」 今なら、まだ…まだ、間に合うのだから。
 

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