光の射す部屋

[2]





「…嫌だ。………今ので…俺…判ったから」 そういって、順平がぎゅっと荒垣の腕を掴んだ手に力を込める。 「…順平?」 痛いほど腕を握り締められて、荒垣が困惑する。 「俺……俺、荒垣さんのこと…好きです」 「…おまっ…馬鹿な事いってんじゃねぇ!」 慌てたように腕を振り払おうとする荒垣に、順平が縋りつくようにして抱きつく。 「馬鹿なことなんかじゃないっす!!」 「……っ!」 見下ろす先にあるのは、どこまでも真剣な光を湛えた大きな鳶色の瞳。 逃げることを許さないと告げる順平の瞳に絡め取られて、荒垣は身動きを取れなくなる。 「……俺…ずっと荒垣さんのこと…好きだったんだって…今…気が付いたっす」 始めてあった時から惹かれていたのだと、ずっと気が付かない振りをしていたのだと…順平が告げる。 「……順平」 「自分の気持ちに気が付かないなんて…俺…馬鹿みたいだけど……でも、好きなんだ、荒垣さんのこ と!」 気が付いて認めてしまった以上、もう、この想いを押さえつけていくことなんて出来ないと順平が言う。 「…そんなこと、嘘だ。…お前は…好きだって言われて言われて、舞い上がっているだけだ」 そんなことはない。 順平の想いが、そんな錯覚のようなものではないと言う事ぐらい、その瞳を見れば、荒垣にはすぐに理 解できた。 だが…ここでそれを受け入れてしまうわけにはいかないのだ。 自分は…時間がないのだ。 共に進むべき未来を持たない自分が、順平の傍に居るわけにはいかない。 「…どうして? どうして…信じてくれないんっすか、荒垣さん」 ぎゅっと、思いの丈をこめるようにして順平が、繋ぎ止める為に抱きしめた荒垣の背中に顔を埋める。 「……お前は、錯覚してるだけなんだ」 背中に感じる順平の熱。 どくどくと脈打つ自分とは違うリズムを刻む心臓。 愛しい…大切な人。 誰よりも傷付けたくないこの人を…自分の身勝手さで傷つけている事が何より苦しい。 それでも、自分と居れば順平は必ず負わなくていい傷をその心に刻む事になる。 「荒垣さん……俺、わかんねぇよ。どうして?……自分は俺の事が好きだって言ったくせに…俺が好き だって言うのは信じないなんて…なんで?」 「……順平」 「俺のこと、スキだって言ったのは嘘なのかよ!?」 「…そうじゃねぇ」 「なら、どうして!?」 出来ることなら、今すぐ…思う様貪ってしまいたい。 そんな衝動を堪える荒垣のことなどまるで気付かないように順平が続ける。 「…男同士だから……こんなのいけないって…そんなの、俺だって言われなくても…わかる。…でも、そ れでも好きだって想いは…止められない。この想いを俺に気付かせたのは…荒垣さんなのに、どうして そんな事言うんっすか?」 「……お前に…言う必要は…」 「無いなんて言わせねぇ!!」 苦虫を噛み潰したような渋面を浮かべている荒垣の言葉尻を奪うようにそう言うと、順平は立ち上がって荒 垣に口付けをした。 「……!!!」 唇に唇を押し付けるだけの何の技巧も無い不器用な口付け。 それでも、触れ合った場所から少しでも自分の思いが伝わるように… 必死に荒垣に口付け続けていると、急に荒垣に肩を押され、順平は簡単にソファの上に倒れこむ。 「…あ…荒垣さん」 これでも伝わらなかったのかと、順平が荒垣を見上げる。 「…ったく。どうしてお前は…人の忠告をきかねぇんだ」 ボソリと低い声でそう呟いた荒垣が小さな溜息を付く。 その貌に艶めいた色が浮かんでいることに、気付くことなく順平が不安げに荒垣を見上げる。 「…あ…の?」 「……」 想いを告げてしまった時からこうなってしまうことは半ば判っていたのだ。 順平を拒絶することなど、始めから自分には無理なことだったのだ。 ならば、自分の残された時間全てを掛けて、自分という存在を順平の中に刻み付けよう。 自分が消えてしまっても揺るぐ事が無いように、想いの全てを注ぎ込もう。 「……後悔しても…もう遅いからな」 それは、順平だけでなく自分に向けて言った言葉だったのかもしれない。 荒垣は順平の帽子を取り去ってしまうと、順平の唇に自分の唇を重ねる。 柔らかな唇を味わうように上唇、次に下唇と舌で舐めてやると、びくりと順平の身体が震える。 そんな順平の初心な反応を楽しみながら荒垣は少し開きかけていた唇の隙間から舌を忍び込ませ、口 腔の奥の順平の舌に絡めると、強く吸い上げた。 「…んんっ」 眉を寄せながら苦しげな声を順平が上げると、荒垣が名残惜しげに唇を離した。 「……息、するの忘れてたのか?」 苦しげな順平の姿を見て荒垣が微笑む。 「……あ…らがき…さん…キス…上手すぎ…」 荒垣の仕掛けてきたキスのせいで自分の身体が熱く火照ってしまった事に気付いた順平が、恥ずかし げに顔を朱に染めて呟く。 「……そうか?」 「………俺、身体に力入らないっすよ…」 戸惑いを隠せない様子の順平を見て、荒垣が優しげに微笑む。 「…どうする?いやならここで止める」 「でも…そうしたらもう…次は…ないんでしょ?だったら、どんなに怖くても…止めない」 ここで止めてしまった方が…絶対に後悔するってわかってるから。 覚悟を決めたように、順平が言う。 「…馬鹿だな、お前」 「……そうかもしんねぇけど…でも…」 自分の気持ちに嘘をついたりしたくないから。 そう言って、順平は荒垣に口付けるのだった。
 

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