小説       



やけに明るい月明かりに照らされた道路。
そこかしこに出現した血溜まりを避けながら、痛めた躰を庇いながら歩く。
既にある程度の傷は治しているけれど、傷口が鈍く痛むのはどうしようもない。
一緒に帰ろうか?と心配そうな顔をしながら申し出てくれた仲間たちには平気と答えたが、かなりきつい。
さっき通りかかった店のガラスのショーウインドウに写った自分の顔は青白く、制服は血に塗れていた。
寮の入り口の扉を開けながら考える。
あの人が先に帰ってしまっていてよかったと。
こんな無様な姿を見られる心配もないことに感謝する。
ところが扉を開けた先に見えたのは、ソファに座る「一番今の自分を見られたくない人」の姿だった。
どうして?―――いや、そんなことよりも誤魔化さなくては。
それとも、かの人が気付かないうちに部屋に戻ってしまおうか。
一瞬考える。
するとその人はソファから立ち上がり、2Fへと上がっていった・・・よかった・・・そう思い、数分の時間をあけて俺も静かに自室へと向かう。
扉の前まできて、ポケットから鍵を取り出した・・・その時だ。

ガチャリ、と背後で音がして、俺はその瞬間凍りついたように動けなくなった。

数秒間の静寂。
それが俺には数分にも数時間にも感じられたように思える。
たっぷり間をとって発せられたのは・・・意外にも俺の声だった。
「お、お疲れさまっす・・・オヤスミナサイ」
なかったことにして・・・そう言い聞かせたかった。
だが、現実はそう俺に甘くはない。
「………」
腕を乱暴に掴まれると有無を言わさずにその人の部屋に引き摺りこまれた。その人・・・真田サンの。
少々荒っぽく、ベッドの上にボスンと転がされる。力任せでない分、多少は気遣ってくれてるんだろうか。
「……オレ、疲れてるんで今日はカンベンしてくれません?」
こんな姿でどこまで白を切れるか分からないけど、おどけて言ってみる。
「・・・・・・言うことは、それだけか?」
「他にナニ言うっていうんすか」
見下ろされる視線が凍るように冷たい・・・多分、もの凄く怒ってる。真田サンは凄みのある低音で一言、「脱げ」とだけ言った。
「ヤです。シたくないって言ってるでしょ」
本当はそういう意味で言ってるんじゃないことくらい分かってる。
「ふざけるな」
胸元をグイ、と引っ張られると元々ボロボロだったシャツがビイッっと音をたてて千切れた。
シャツの切れ目から覗いたのは、回復魔法で治したばかりの傷跡。
「…ナニすんですか」
真田サンを睨みつける。人が隠そうとしてんだ。そういうときはほっといてくれるもんだろ。
「どいて、って・・・」
そういって真田サンの肩を両手で押し、躰を起こそうとした・・・次の瞬間 ビシュッ!!と、音をたてて、何が俺の両腕を絡めとった・・・・・ナニコレ、白い・・・テーピング?
そのまま縛られた両腕を上に持ち上げられ、バンザイした状態でベッドの縁にくくりつけられる・・・これじゃ隠すこともできないじゃないか。
真田サンが紫の色に変色したままの傷跡を指でゆっくりとなぞっていくのが、痛みとして俺に伝ってくる。
「ッ・・・さわん、ないでくださいよ・・・まだ完治してないんスから」
しかし指は見える部分からどんどん傷跡を辿っていき、シャツのボタンで引っかかると停止した。
それにホッ、としたのもつかの間だった。
シャツのボタンが全部飛び散り、胸が肌蹴る。真田サンが破ったのだ。元々ビリビリで、もう着れないと思ってたけど・・・
「なに、すんだよっ・・・離せよ・・・」
抗議しているつもりなのだが、俺の声にもどこか覇気が足りない気がする。
「離してもいいが、『これ』を説明してからにしろ」
真田サンが冷笑しながら告げる。
「説明っつったって・・・シャドウにやられたに決まってるじゃないっすか・・・」
「・・・この傷の深さ・・・俺たちが登れる階層のレベルの敵じゃないな・・・お前、俺が帰ったあと・・・どうしていたんだ」
あんたは・・・エスパーか?
そうだ、俺は真田サンが帰ったあとに、アイツとモナドに行って・・・コテンパンにやられてきたのだ。
モナドはアダマよりも経験値のもらえる効率がいい。その分ハイリスク・ハイリターンなわけで。
止めときゃいいのに、もう少し、もう少しと欲張った結果がこのザマだ。
俺は天神の武者に攻撃を避けられ、ダウンしたところに一斉攻撃を喰らって、あえなく帰還となったのだ
ゆえに、傷のほとんどは刀傷・・・両手剣使いが剣でヤられてちゃ・・・ザマぁねぇな。
だから見られたくなかったのに。
そーゆーとこばっかなんで気が付くんだアンタは・・・。
こうしている間にも、俺もの自己回復能力で少しずつ傷は塞がっていっている・・・おそらく、明日には傷は跡形もなく消えているだろう・・・しかし、以前から真田サンは俺の躰に傷がつくのをひどく嫌った。

自分は女ではないのだから、気にするなと何度言っても辛そうな顔をして俺についた傷を見つめることを止めない。

俺にはその顔を見るほうが傷を受けることよりも痛かった。
やっぱり今回も真田サンは眉間に皺をよせて、苦しげな顔で俺の傷に触れる・・・なんで、そんな顔すんの?痛いのはアンタじゃなくって俺でしょう?
真田サンは俺のホルスターから召還器を引き抜くと自分のコメカミに向けて引き金を引いた。
暖かい光が俺を包み、傷跡が消えていく。
「…ドーモ」
だからさっさとテーピングを外してクダサイ、と言外に告げる。
けど、真田サンは無言のまま召還器を床に投げ捨てると、俺の肩に形の良い唇を寄せた。
「ちょ、なにするんスか!?」
暴れたくても拘束されているため思うように身動きが取れない。
「―――痛ッ!!!」
肩に走った急激な痛み。
離れた真田サンの唇には赤い雫が・・・俺の肩にはくっきりを真田サンの歯型が残り、血が滲み始めている。
真田サンは滲んだ血をまるで猫がミルクを飲むかのように丹念に舐め取っていく。
傷口にざらざらとした感触が当たって痛い。
タルタロスでは味わったことの無い痛覚に激しく戸惑う。
「痛い・・・痛いよッ・・・真田サン!!」
抵抗するように躰よよじるとまた別の場所に甘く歯を立てられて躰が恐怖でビクンと跳ね上がる。

怖い。
何も言わないでオレを傷つける真田サンが怖い。
こんなことどうして?

真田サンの舌が何度も俺の肌を舐め上げて、指はもうない傷跡を辿る・・・痛覚とは別の感覚がゆっくりと頭をもたげるのを俺は感じていた。
「・・・・・・ッ・・・・・・・・・ふ、く・・・」
食いしばった唇から苦しげに吐息が漏れる。
一度火が付いた躰はどんどん敏感さを増していく。まして、相手が俺の躰を知り尽くしているのだ。
どこをどうすれば感じるかなんて、手をとるようにわかるだろう。
真田サンが俺のベルトを外し、下着ごとズボンを引き抜く。
「!!やっ、真田サン!!?」
「こっちにも傷が残ってないか・・・確かめてやるよ」
ひどく冷えた声でそう言われ、俺はそれ以上何も言えなくなってしまった。
真田サン何にそんなに怒ってンすか?
聞きたいのに、もっとひどいことされそうで怖くて聞けない。その間にも真田サンはオレの躰をじろじろと見つめる。
脚を持ち上げられ一通り見終わると、
「フン、こっちには・・・ないようだな」
そう言って俺の脚の付け根に口付けたかと思うとペロリと舐められて何度も強く吸われる。
唇が離れるたびに点々と赤い鬱血の痕が広がっていく。
「……ぁ………ぅ…んっ…」
痕がついたその場所その場所に熱が宿っていく。
「・・・なんだ、こんなことで感じてるのか?」
いつもの意地の悪い口調でそう言ってくる真田。いつの間にか機嫌がなおってる?・・・わけわかんねぇよ
「うるせっ……」
ぷいっとそっぽを向いた。これ以上アンタの奇行に付き合ってられるか!
「いつもながら、強情だな・・・まあいいさ」
そう言って真田サンは勃ち上がりかけていた俺自身を口に含んだ。
「あぁ…っ…」
途端に甘い声があがる。情けないことに、俺の躰は真田サンに無条件降伏してるらしい。
その様子を見て、真田サンの目がさも嬉しそうに歪む。責め立てられていくうちに抵抗する力もゆっくりと削られていく。
「・・・なんだ、随分と大人しくなったじゃないか」
(ダレのせいだっ、ダレの!!)
ムカついて自由な脚で真田サンを蹴り飛ばそうかと一瞬思うが止める。
そんなことをしたら今までの経験から考えるとお仕置きと称してナニをされるかわかったものじゃなかったから。
反抗的な目でキッと睨むも躰は既に真田サンを受け入れる準備が整ったとでもいうように芯がじくじくと疼いている。まだ、慣らしてもいないのに。
「俺が欲しいか?順平・・・・・・答えろ」
「っ!…………」
欲しくないと言えば嘘になる。けれど正直に欲しいと答えるのは癪にさわり、どうしようかと返事に迷う。
真田サンはその反応を見ると喉の奥で低く笑うと、指二本を一気に俺の深くまで潜り込ませるを乱暴にナカをかき回した。
突然の荒々しい感覚に指の動きに合わせて躰が大きく揺れる。
「う、あっ、が・・・やっああ、ひ・・・やめっ!!」
「・・・・・・違うだろ?」
「なっ、あっ!…ひっ、くぅ…ぁあ!」
何が違うと言うのだ。
真田サンの言葉の意味を尋ねようとして口を開いても喘ぎ声に変化してしまう。
「拒むな、順平・・・俺を・・・・・・・・・・・全部、俺のものだ・・・」
今の真田サンを動かしているのは独占欲と瞳の奥に覗く微かな・・・・・・・・・・・狂気。
機嫌を直したわけではなかったのか。
わからない。
わからないが、いまの真田サンは俺の目にはひどく危なっかしく映った。
「ひ・・・ぐ・・・うっ・・・・・・・」
真田サンが、わからない。
それがひどく恐くて。俺の瞳からはボロボロと涙が零れだす。
それを見て真田サンが不思議な顔をする。
「何故・・・泣く、順平?」
何故?そんなこと、俺が聞きたい!!
涙は留まるところを知らずに流れ続ける。
きっと馬鹿みたいに泣きつづける自分は滑稽に見えるだろう。
「さっ、真田サン・・・怒って、ンの?なんで、こんなこと・・・っ」
「怒る・・・・・・?あぁ・・・確かに怒っていたな・・・先程までは・・・だが、今は違う」
そう言うと、俺から指を引き抜きかわりに自身をあてがい一気に深く貫いた。
「ひ、っう、ぁああ!!」
多少指で慣らされていたとはいえ、質量が違いすぎるものを一気に挿入され悲鳴じみた声があがる。
「お前の躰には俺の残した傷しか残っていない・・・他は全部、消した」
激しく揺さぶられながら、真田サンの言葉の意図を必死に読み取る。
(まさか・・・傷が、残ってから・・・?それだけで、あんな・・・怒って・・・)
「お前に俺以外の痕跡を残させるなんて許してたまるか…」
(要するに・・・ただの嫉妬?つうか、傷 に?・・・・・・コノ人の独占欲を、甘くみていた・・・)
真田サンの態度の原因がわかったことへの安堵感で一気に緊張が解け、表情が緩む。
「・・・何だ、笑うなんて随分と余裕じゃないか」
俺の心境など考えもせず真田がさらに強く突き上げてくる。
「っは…べつに、よゆ、が、あるんじゃなくって………ふあ……なんか、ひょう、し、ぬけ、しちまって…………ぁ………」
そうだ、これが”真田明彦”という人間なんだと、改めて認識する。強くて弱くて呆れるほどオレのことだけを見てくれている・・・俺の恋人。
「あ、はっ、真田、さ・・・・さなださんっ・・・・ぅあ・・・っなだ・・・さッ・・・」
何度も何度も、その名を呼ぶ。そうすることで、少しでもアンタの不安が薄れてくれればいいと・・・思う。
そんな俺のけなげな心境を気付いているのかいないのか(十中八九気付いてないだろう)自分の名を必死で呼ぶ俺の姿に嬉しそうな顔をする真田サン。
さっきみたいにカタチだけじゃない、ココロからの笑み。
「順平・・・・・・ふ・・・ッ」
顔と近づけられて、深く口付けられる。いつものキスだ。
伸ばされた舌に答えるよう、必死に舌を絡める、吐息と一緒に鼻にかかった甘い声が漏れる。
「ん………………ぁ………ふ、ぅ………」
舌を絡めながら、俺を貫いたままの熱がじわじわ理性を焼いていくのがわかる。
先程までは真田サンの真意がわからなくて、素直に愉しめなかったが今は違う。
愛されている。
そう実感しつつ脳の芯まで解けてしまいそうなキスに溺れていく。
限界まで追い詰められた躰を真田サンがいっそう深く穿つと、頭の中が真っ白になって、それから後のことは覚えていない。
かすかに残っている記憶は、ひどく躰が熱かったことと、俺の名前を愛おしそうに何度も呼ぶ真田サンの声だけだった。

翌朝、俺は自分の部屋で目を覚ました。
躰の気だるさは思っていたほど強くない。それどころか縛られた痕や真田サンがつけた傷までキレイになっていた。
「・・・見事なもんだなぁ」
その所業に関心しつつ、俺は手早く制服を着込むと学校へと向かった。

END