消毒液独特のつんと鼻を突く匂いが立ち込める、清潔で白を基調とした部屋。
その中の数少ない家具であるベッドに少女はその身を横たえていた。
その部屋はどことなく牢獄を思い起こさせた。
事実彼女にとってそこは牢獄に等しい。
けれど、逃げようと思えば逃げられるだろう。
少女が身を置いてきた、普通の人間が感知できない領域を利用すればそれこそ易々と。
ならばどうして逃げない?と聞かれれば、ただの気まぐれと少女は答えるだろう。
もっとも問いに素直に答えるとは限らないし、答えたとしても本心とは限らないが。
少女は窓から差す太陽の光が赤みを帯びてきたことに気が付いた。
もうそろそろ少年がこの部屋に来る時間だ。
この部屋は少年とたまに白衣を着た大人が来る以外は訪れるものがいない。
そして少女は大人たちを嫌っていた。
自分の親友を取り上げた人間たちは数回顔を見せたがそのうち来なくなった。
少年は学校を終えると当然のようにこの部屋に直行する。
休日になると朝早くから来て、一緒にいれるギリギリの時間になるまで粘り続ける。
こちらが無視の姿勢を貫いていても構わずに話しかけ続け、少年は少女と必死に関わろうとする。
無関心なのは振りだけで話に耳を傾けているのを知っているのだろうか。
そして少女が少年の話に馬鹿にしたように受け答えをしたとしても、少年は嬉しそうに笑った。
これ以上の喜びはないとでも言うように。
少年は少女の生が終わってしまうことを厭った。
少女にとってごく当然のことが彼にとっては受け入れがたいことのようだった。
少年は、少女にとってはじめての存在だった。
五月蝿いくらいに身振り手振り付きで次々と口から放たれる言の葉。
低めのトーンが存外心地よい。
万華鏡のようにくるくるその表情を変えてみせる。
少年といると遥か昔に他者によって失わされた日常の香りがした。
陽だまりに居るときのように暖かく、そして一歩間違えればあっさりと失ってしまう脆さを内包した日常。
少女には最早馴染みのない世界だったが決して不快ではなかった。
いつの間にか自らに傷を付けることがなくなっていたことに気が付く。
傷口から流れ出す紅い液体は彼女がまだ生きていること証明してくれた唯一の証だったのに。
これも気まぐれであって、決して彼が嘆き哀しむからではないと自分に言い聞かせる。
なんとなく、そうなんとなく少年の名を呟いてみた。
その声は誰にも聞かれることなく空間に溶けて消えていく。
当たり前のことだが何故か苛立ちを感じ、スケッチブックに己にしか理解できない世界を描こうと少女はページを開いた。
少年の名を呼んだときの自身の声の甘さに少女は気付かない。
いまは、まだ。
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