導きの星

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巌戸台駅から少し歩いた場所にある、小さな教会。 チドリとの思い出で満ちた場所を彼方此方と歩き回ってきた順平がそこを見つけたのは、チドリが入院して いた病院を遠目から見つめてきた帰り道だった。 誰に誘われた訳でもないのに、その場所に引き寄せられるようにして順平はふらりとその場に立ち寄る。 ハラハラと散るイチョウの葉が黄色に染めた地面を踏みしめながら、古びた門に順平が手をかけると、門 は何の抵抗もなく開いた。 「……無用心なこった」 小さな声でそう呟いて、順平は敷地の中へと滑り込む。 人の気配は一切なく、辺りは痛いほどの静寂に満ちている。 イチョウの葉を踏みしめながらゆっくりと進み、古びた扉に手をかける。 「…ここも開いてるのかよ」 もっとも、こんな風に寂れた建物に何かを盗りに入ろう何て思うものも居ないだろうが… そんな事を考えながら、順平はそっと扉を開ける。 「………」 あまりよくは判らないけれど、聖書の中の出来事をモチーフにしているらしい彩りの多くないステンドグラス を背に大きな十字架の掲げられた聖堂は、宗教などにこれっぽっちも興味を持ったことのない順平にも厳 かな気持ちを抱かせるほど、威厳に満ちた雰囲気に包まれていた。 コツン…コツン… 聖堂の中に入り歩みを進めるたびに靴音が響く。 「…神様か…」 十字架の正面までやってくると、順平は、じっとその十字架を見つめる。 「……本当に、そんなもん…居るのかな」 十字架に貼り付けにされ苦悶の表情を浮かべるイエスの姿を見つめながら、順平が静かに膝を折る。 「…神様…っ…」 正しい祈りの捧げ方なんて知らないけれど、それでも…と順平は形ばかりに手を組んで目を瞑る。 神様! 今まで一度だってまじめに祈ったことなんかねぇけど… もし、本当に居るんだったら…神様!! お願いです。 俺を…大切な人の命を吸い取って生き延びてしまった、この罪深い俺を罰してください。 俺自身じゃ…もう…俺を傷つけたりする事が出来ないから… だから、どうか… 俺に……罰を与えて…ください… お願いです… 「もともと、真田さんに拾われなきゃシャドウに襲われて、こんな風に生きているのだって疑わしいぐらいに 過ぎなかった筈の…なのに…何で…こんな…」 自分がどれ程価値のない人間なのか…それを痛いほど判っている。 そこらの石ころと何の変わりのない自分が嫌で、そんな自分をどうにかして「特別」な存在にしたくて足掻い ていた日々。 人から賞賛されたくて、特別に見られたくて。 本当は怖くて面倒で…嫌なのに、S.E,E,S,にも入って、活動して。 平凡な自分から抜け出そうと足掻いていたのに、結局どこも特別になれなくて それどころか…あっけなく簡単に殺されてしまった。 なのに…チドリはこんな俺を助けてくれた…こんな…平凡で…何のとりえもない俺を… 救う価値なんて塵ほどもない俺を助けて…そのために…死んでしまった。 「…なんで……」 「……自分を卑下するのも、そろそろ終わりにしないと駄目よぅ、少年」 背後から掛かった声に驚いて順平が振り返ると、聖堂の扉の辺りに細身のシルエットが佇んでいるのが見 える。 緑色のツーピースに身を包んだ赤い髪の妙齢の女性。 少しも見覚えのない人物の姿に、順平が隠すこともなく不快そうな表情を浮かべる。 「…ん…だよ……あんた…」 順平がギロリと酷く険しい視線を向けたのにも関わらず、微塵も怯んだ様子を見せずに、声の主がゆったり とした足取りで順平の方へと近づいてくる。 「よかった。やっと見つけた」 にこりと、女が笑った。 「……私は、芹沢うららっていうの。…よろしくね」 「………」 「…君、伊織順平君…だよねぇ?」 「……だったら…なんだってんだ」 何故、この女が自分の名を知っているのか少しだけ気にはなったが、今はそんな事に気を取られていても 仕方がない。 そう、自分に言い聞かせると順平がうららと名乗った女を睨みつける。 今まですれ違ったものたちは、こうして順平が睨んだだけで蜘蛛の子を散らすようにそそくさと消えていった というのに、順平の目の前に立つ女は順平の視線などまるで気にした様子もないらしく、にっこりと人懐っこ い笑みを浮かべた。 「…私、君に伝言を預かってるの」 「……悪いけど、後にしてくれないか?そういうの聞いてる気分じゃねぇ」 それ位察しろとばかりに言い放って、順平が立ち上がりこの教会から去ろうとすると、それを止めるようにう ららが順平の腕を掴んだ。 「離せよ!」 酷く苛立った声でそう言って、順平が自分の腕を掴んだうららの手を振り解こうとするのだが、何気なくつか まれただけの筈の手はびくともしない。 「…聞かないと、一生後悔するわよぅ?」 言葉面だけ見れば大したことのない台詞と、ごく普通の笑顔の筈なのに、そのうちに潜んだ女の底知れぬ 迫力に、ゾクリと順平の背筋に震えが走る。 「…私ねぇ。チドリって娘からあなたへ伝言を頼まれてきたの」 彼女の事、知ってるでしょう? そう、うららが言う。 「……チドリから…俺に?」 「ええ」 「……嘘だ…」 チドリはあの時、自分たちの目の前で死んだのだ。 自分に伝言など…誰かに託せる筈もない。 「…まあ、多分信じられないと思うけど。困った事に、事実なのよ」 そういってうららが、チドリと少しだけ似ている赤い髪をそっと掻きあげる。 「私の言う事を信じるのも、嘘だと思うのも、あなたの自由よ?…でも、私も頼まれたことだから…ちゃん と聞いてもらわないと困るのよ」 もうこの世に居ない人からの伝言だから…余計にね。 そういって、うららが苦笑するのだった。

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え〜「贖い」の続きでちゃんと順平が立ち直るバージョンでございます。
はじめ、このシリーズは誰一人として救われない状態で終わるお話になる予定だったのですが
チャット中で救われるお話も読みたいと明さんがおっしゃったので、書きました。
…ですので、順平に救いの手を差し伸べてくれる人込みで、明さんに捧げます。
……ただ、うちのお星様にはもれなくおまけも付いてきますので…次回はおそらくのっとられること請け合いでございますが…
こんな話でいいんですか?明さ〜ん!?