導きの星

[2]
 


「…い〜い?伊織君、ちゃんと聞いてよぅ?」 「………」 「……私のわがままで、辛い思いをさせてごめんなさい。でも、私はいつでも、傍に居る。たとえ、姿が 見えなくなって言葉を交わせなくなっても、ずっと、順平を見守ってる。だから、前を向いて…幸せになっ てって」 綺麗な笑顔で言っていたわよと、うららが告げる。 「……彼女、気にしてたわ。あなたが悲しんでるって。でもそれが判ってても…どうしても、こうしたかっ たんだって…」 「………んだよ…それ……なんで、そんな事…あんたみたいな人が…」 チドリの交友関係に、うららのような女性が居るなんて話にも聞いた事がないというのに、今うららの口 から聞いた言葉は、どう聞いてもチドリの言葉にしか聞こえなくて、順平が酷く驚愕したような顔をしてう ららの顔を見つめる。 「……私も、君と同じペルソナ使いなんだけど…最近、ペルソナが妙な能力をつけたみたいでね」 あれやこれやと妙な事件に巻き込まれたお陰で強くなりすぎちゃったのが原因なのだろうが、そのせい で彼女の消えていく精神と触れ合ったしまったのだと、うららが淡々と語る。 「…あんたも…ペルソナ使い…なのか」 「…そうよ。…判らなかった?」 こんなに共鳴を起こしているのに、気が付かなかった? そういってうららがくすりと笑う。 「……?」 「…多分、ここは私が居る世界とは違うから…そのせいなんだろうけど…ペルソナの力もこんな風に違 うのね」 「…あんた…何言ってんだ?」 「チドリちゃんの精神と触れ合ったせいで、引き摺られるようにしてここに迷い込んじゃったって感じなの よ」 しかも、そのせいでペルソナの力が恐ろしく強くなっているのが判るわ。 今までは判らなかったような事さえ…ペルソナを通じて感じ取れるから。 うららが小さく肩をすくめる。 「……とりあえず、この伝言を伝えれば…彼女の無念も少しは晴れるだろうから…そうしたら、元の場所 に帰れるかなって思って」 「そんな…簡単に考えていいのかよ」 うららの言っている事が真実かどうかは判らないけれど、それでもそんなに簡単に違う世界と行き来す るとか、次元を超えるとかなんて真似が出来るとは思えないと順平が言う。 「こんなに力が強まってるんだもの。…何とかなるわ」 というよりも、なってもらわないと困るのよ。 私を待ってくれてる人が居る以上、必ず戻らなくちゃいけない。 戻れないようなら、蝶でもタコでも引きずり出して、強引にでも戻るし。 そういって、うららが笑う。 「…いい加減なこと言ってるようにしかきこえねぇけど…」 「そうね。いい加減かも」 「…何言ってんだ…あんた…」 「…だって私知ってるのよ。昔、強い願い一つで平行世界の一つである私たちの世界へ渡ってきた一人 の少年が居たって事を」 もっとも、その平行世界である自分の居た世界は彼と彼の仲間達の強い思いによって作られたものな んだけど…彼に出来て、私にできないわけもないし…と、うららが言う。 「……何だよ、それ」 「…人の思いは、時に信じられない力を生み出すってことよ。……それが、ペルソナ使いであれば、尚 のこと」 過去の出来事を完全に無かったことには出来ないかもしれないけれど…そこから分岐するもう一つの 可能性を秘めた世界を生み出す…それぐらいの力は秘めているのよ。 大きな代償は必要になるけれど。 無言のまま自分を見つめている順平を見て、うららが小さく笑った。 「ねえ、伊織君。……自分を卑下しちゃ駄目よ?」 「…!?」 「どんなに、卑下しても、傷つけても…チドリちゃんは戻らない。…なら、チドリちゃんが命をかけて守っ た自分自身を、チドリちゃんと同じように愛してあげなくちゃ…彼女が悲しむし、彼女の命が無駄になる わ」 そして、それは…何よりもチドリの遺志を無碍にする事になるのだ。 「…判ってる!…そんな事…わかってるさ…!!でも…俺には…そんな真似…できねぇ…よ…」 「……確かに、難しいことだけど。でも、そうすることでしか、あなたはチドリちゃんの想いに答えられな いんだってわかってるんでしょう?」 同じように大切な人を失い、復讐の為だけに生きていた男や、自分たちの記憶と引き換えにもう一つの 世界を作り出した少年を知っているだけに、うららは、悲しげな笑みを浮かべる。 深すぎる悲しみを生きる為の糧に変えられるほど、目の前に居る少年は強くない。 その悲しみを抱えて、一人深い闇に沈んで…二度と戻れなくなる前にどうにかしなければいけない。 …だからこそ、あのチドリという少女は、私を呼んだのかもしれない。 私の中に眠るアステリアーーー星のペルソナーーーの静かな光で、闇の中で膝を抱えたまま動けなく なっている少年を、導く兆しになるように…と。 太陽のように温かくもなければ、月のように優しくもない…闇に煌く、青い光。 ともすれば簡単に失せてしまうほどの小さな星の光。 でも、この光だけが…闇の中を進む為の…小さな道標になるのだ。 「……あなたがこのまま全てから背を向けて立ち止まっている事を彼女は望まない。…それは、君自身 の甘えなんだって…判ってるんでしょう、伊織君?」 「…っ!?」 うららの言葉に、順平が酷くうろたえる。 順平自身でも、こんな状態で居る事がチドリの望んだ事ではないのだと言う事を…よく判っている何よ りの証拠。 「今は…難しいかもしれない。でも、忘れないで…君は、生きなきゃ。」 成すべき事から目をそむけ、進むべき道に背を向けたところで何も変わらない。 いや。それどころか、心に受けた傷は、より多くの血を流し更に傷を抉り続けるのだ。 それは、共に歩んでいる男の姿から知ったこと。 「そんなの…できねぇよ…」 「…簡単なことじゃないのは、判ってる。でも…そのままでいても何も変わらない。…君だって、それを 知ってるはずだわ。………ね?」 そういって、順平の頬に触れようとうららが伸ばした指先を掠めるようにして高速で何か小さなものが通 り抜け、派手な音を立てて二人の後ろ側にあった十字架に命中する。 十字架に深くめり込んだ鈍い金色をしたコインを目にしたうららが、慌ててコインが放たれた方向へと顔 を向ければ、金色のスーツという派手な服装をした長髪の男が一人立っていた。 「……何やってやがるんだ、芹沢」 苦虫を噛み潰したように不機嫌そうな表情を浮かべた男がうららの名を呼ぶ。 「…パオ…フゥ?…どうやって…ここに…」 本来ならここに居る筈のない男の姿に驚いたうららが大きく目を見開く。 「どうもこうもねぇ。帰るぞ!」 パオフゥと呼ばれた男はツカツカとうららの傍らまで歩み寄ると、問答無用でその腕を掴んだ。 酷く乱暴なその仕草に、何を苛付いているのだろうとうららが不思議そうに首をかしげてパオフゥの顔を 見つめる。 「…お前のお人好しは常々知っていたがな。そんなヤツに、態々お前が手を差し伸べてやる必要は ねぇぞ?そんな自分しか見えてねぇようなヤツはな、放っておいて好き勝手に野垂れ死なせてやれば いいんだ。…その方が、周りも迷惑が減って清々する」 そういって、パオフゥが何の反論もせずに圧倒されっぱなしの順平を嘲るようにして笑った。 「パオ!ちょっと、それ言いすぎ!」 「何が言いすぎだ!自分が成すべき事も進むべき道もわかっていながら立ち止まってるだけのあまちゃ んだろうが!そんなヤツの為に、お前が振り回される必要なんかねぇんだ」 そう言って、パオフゥはグイッとうららを自分の方へと引き寄せるのだった。

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姫が出てくれば、付随して金色の嫉妬魔さんも出てくるのが拙サイトの定め…というかなんというか。
順平相手に何やってんですかね、このおっさん。
もっとも、金色さんだけでなく、笑顔魔神も降臨してくるのでその辺りまでうまく書けたらいいな…と