―――話しつけるから、先行っといて
―――わかった。じゅんぺい
―――ん?
―――じゅんぺいの銃ラウンジに置いとくから、がんばれ
―――・・・・おー(^-^;)
パチン、と音を立てて携帯が畳まれた。
これで二人で話すことができる。
向き合うと決めたらなんだかすっきりした。
うじうじしているのは自分には合わない。
「―――よっしゃあ!」
そうと決まればまずは腹ごしらえだ。影時間にはまだ時間がある。
こっちの方が遥かに自分らしいと順平は思った。
順平は歩く。
異様な雰囲気が立ち込める世界を。
物言わぬハコと成り果てた人々が点在する道を。
時が止まりありえないはずの時間を。
緑色の月明かりの下。
普通の人間ならば存在するだけで気が狂ってしまうかもしれない世界。
だが、順平は歩き続ける。
全く動じず。
その姿は歪な世界においてただ一つの通常。
しかし歪が通常であるこの世界にあってその姿は異様でもある。
知らないでいたのならどんなに楽だったのだろう。
見なかった振りをできたのならどんなに楽だったのだろう。
そしてそのまま忘れて、普通の生活を過ごせたのなら。
それでも順平は歩く。
だが知ってしまったのだ、自分は。
そしてこの道を選んだ。
だから後は前を向いて進むだけ。
順平は歩く。
そして遂に寮に到着した。
コツ、コツ、コツ・・・・
足音だけが暗い室内に響く。
寮には自分と、この先で待っているであろう真田しかいない。
きっと戒たちは今頃は塔を登っているのだろう。
来るべき日のために。
後悔しないために。
圧倒的な絶望を前にしながら。
それでもやれることはやっておこうと自分たちは誓い合った。
戦って。
傷ついて。
傷つけて。
そしてまた戦って。
なんのために?
未来をこの手に掴むために。
それは無駄な足掻きかもしれない。
万に一つの可能性もないかもしれない。
人から見れば馬鹿な行動と笑われるかもしれない。
みんな大切な誰かをかつて失った。
守れなくて、自分の無力さを嘆いた。
どうして 置いていくな ごめんなさい 行くな 自分はどうすればいい?
死の前では誰もが無力なのはきっと自分たちが一番わかっている。
だがそれがどうした?
カッコつけて何もしないほうがもっと馬鹿らしいじゃないか。
人を責めるのも、「あの時ああしていたら」と嘆くのももう沢山だ。
二階の自分の部屋の向かい側。
そのドアの前で息を大きく一度吸い込むと、扉をを開いた。
「来たか」
部屋の奥に立つ見慣れた姿。
その姿はいつもと変わりが無かった。
「なんで、あんなことしたんですか?」
順平は召還器片手にまるで世間話をするかのような口調で問いかける。
「・・・・・・・・・」
真田は答えない。
「真田さん」
「・・・・・・聞きたいか?」
「ハイ」
「・・・・・・・」
無言の時間が暫く流れた後、ポツリと呟く。
「お前に惚れていた」
「・・・・・は?」
「お前に惚れていた。俺にはない明るいさに惹かれてからずっと見ていた。最初は見ているだけでよかった。傍で笑ってくれたら十分幸せだった。だが直ぐに身も心も全部欲しくなった」
真田の独白は続く。
「お前は男だ。俺はお前が男なのをひっくるめて好きになったが、普通は男が男に想われているなんて知ったら嫌なだけだろう」
「だから隠した。お前の傍にいるために、気の合う先輩の振りをして。笑うお前の隣でお前を心の中で散々犯しながらな」
「だがうなされながら彼女の名を呼ぶお前を見ていたらそんなことじゃ我慢ができなくなった」
「仲の良かった先輩なんていう中途半端なものはいらない。それならいっそ憎んで欲しかった。そうすればお前の中の特別になれる」
「手に入らないのならいっそ壊してしまいたかった。裏切られて、悲しむ涙が見たかった。俺よって起こされる俺だけが見れる感情が」
「一生お前が傷付いて俺の事を記憶し続けて欲しかった」
「軽蔑するだろう?俺がこんな男と分かって。だが悪いな。これが真実だ」
真田はそこまで言うと黙ってしまった。
「・・・・・勝手な人っすね」
「ああ」
俺もそう思うよ。そう言って真田は綺麗に笑った。
しかしそれはかつて順平と過ごしたときに見せた笑顔とは違いどこか壊れた笑みだった。
「目、閉じてください」
順平が召還器をこめかみに当て引き金に指を掛ける。
その要求にあっさりと真田は従った。お前に殺されるのもいいかなと呟いて。
月明かりだけが差し込む部屋で二人とも動こうとはしない。
すると、突然順平が召還器を放り投げると、真田の元に駆け寄る。
そして一発、力の限り真田を殴り飛ばした。
「な・・・・!!」
目を見開き呆然としている真田を床に押し倒してのしかかり掴みかかる。
「ふざけんな!!オレが・・・・どれだけ・・・・アンタにとってオレはそんなもんだったのかって・・・・・・・」
順平が思い切り叫ぶ。
「勝手に自己完結すんな!!!!」
そう叫ぶと真田の唇に自らのそれを押し付けた。
「!!!!」
キスと言うにはあまりにも乱暴で、拙いものだった。
だがキスはキスだ。想像していなかった事態に真田は目を白黒させる。
そんな真田には目もくれず順平は顔を離すと真田に話しかける。
「真田さん」
「な、なんだっ!!」
「オレはアンタが好きです」
そこで一つ息を吸うと更に爆弾を投下した。
「付き合ってください」
・・・・・・・・・・・・・。
呆気にとられるとはこのことだろうか。
こんな筈じゃなかった。こんな展開はありえない。真田の混乱した頭がそう叫ぶ。
「・・・・俺は男だぞ?」
とりあえずこう答えてみる。自分でも間抜けな発言というのは分かっている。だがそれでも確認したかったのだ。
「そんなことつっこまれたんだからわかってますよ!!!」
下品な話だがそれもそうだ。それで女と間違える馬鹿はいない。
「しかたないじゃないっすか・・・・」
下を向いた順平が呟く。
「ひどいことされても、それでもまだアンタが好きなままだったんだから」
「し、しかし・・・いいのか?・・・・俺は、お前を・・・・・」
後は言うことができない。完全に目の据わってしまった順平に睨まれたからだ。
「ウダウダ言わない!!男なら責任とる!!」
それはどちらかと言えば女性が言う台詞な気がしたが、順平に押され気味の真田にはそんなことをつっこむ余裕はない。
「あ、ああ・・・・」
そう答えるしかなかった。
「はいそれじゃこの話は終わり!!さーメシ食いに行きましょう!!」
順平は突然起き上がるとそんなことをのたまう。
「はぁ!?」
「言いたいこと言ったら腹減りました。真田さんのオゴリで行きましょう」
「な、なんで俺が・・・」
「だれかさんのせいであんまり食ってないんですが」
「・・・・わかった」
溜息をつくと真田も立ち上がり、机の上にあった財布を手に取る。
順平は笑い出したくなった。
やっぱり無表情よりこっちの方がだんぜん良い!!
それに真田も食事を摂っていないから丁度いいだろう。
―――先輩、ご飯全然食べてなかったよ
戒が伝えてきたメールが蘇る。
よく顔を見れば睡眠もあまり摂っていないだろうことがわかる。
ああもう世話が焼ける。
そう言えばこんな人だったけ。そんなことも忘れていたと順平は苦笑する。
弱みを隠して。
でもけっこうバレバレで。
かっこいいかと思ったら情けないところもあって。
ギリギリまで溜め込んでから爆発させて。
暴走しては自己嫌悪に陥って。
クールに見えて熱かったり。
ストイックな分熱中できるものがあると凄まじい執着を見せたり。
その凄まじい執着の中に自分は入ってしまったのか?
つくづく面倒な人だと思う。
なんで自分はこんな人を好きになってしまったんだか。
いや、こういう人だからこそ好きになったのか?
順平にもわからない。
(しょーがねーなあ。もー)
そう、しょうがないではないか。そんなところまで愛おしいと思ってしまうのだから、恐ろしい。
「一生お前が傷付いて俺の事を記憶し続けて欲しかった」
真田の言葉が蘇る。これはある意味すごい告白なのではないか。きっと本人は気が付いていないどろうけど。
たぶん、この先も同じようなことが起きる気がする。
けれどいいじゃないか。
ぶつかって、喧嘩して、妥協して、和解して、分かり合っていけばいい。
とりあえず暴走されないためには意思の疎通が重要だなと思う。被害を受けるのは自分だが、それ以上に真田のダメージが大きそうだ。
(そのためにも、倒さねえとなあ)
そう、未来が無ければ何も始まらないのだ。
影時間が終わる気配がする。
「真田さん、行きましょ」
「・・・・・ああ」
二人で並んで歩きだす。
今夜は、良く眠れそうだ。
END
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