引き裂かれて床に丸まったパジャマ。
押さえられて痣になった手首。
「ああアアあアっっっ!!!!!」
絶望と一緒に出た悲鳴。
ぐちゃぐちゃと掻き回されるたびに、何度も注がれて溢れ出た欲望。
強く吸われてあちこちにできた鬱血。
・・・・・・もう抵抗する気力もなくなって呆然としているオレを容赦なく責め立てる真田さん。
痛いとか思う気持ちはもう失せて一つのことだけが頭のなかを占めている。
どうして
どうして
どうして
どうして!!


はっと飛び起きて目が覚める。まだ冬で室温も低いはずなのに汗をびっしょりかいていて気持ちが悪い。
外はまだまだ暗くて朝が遠いことを示している。
全速力で走ったときみてえに呼吸が乱れて苦しい。
またか。
「チクショウ・・・・」

あの悪夢みてえな時間の次の日から、学校には行った。
風邪は治ってなかったけど、大丈夫だって顔をして。
冬服だったから痣とかも隠せたし、何もないように見えた。
オレは、大丈夫。あんなのなんでもないんだって言い聞かせて。


「戒」
休み時間中に、人が回りにいないことを見計らって話しかける。
「・・・・何?」
「悪いけど、真田先輩とパーティー一緒になんないようにしてくんねえ?」
戒はオレが真田さんと呼ばず真田先輩と呼んだあたりで眉を微妙にひそめたけど
「・・・・・・わかった」
とだけ言った。
「サンキュ」
なんでと理由を聞かないでわかったと言ってくれた戒が、ありがたかった。

タルタロスの時、戒はオレと真田先輩のどちらかがいつもパーティーのなかに入るようにしてくれて。
そうしたらエントランスで一緒にいることはないから。
寮では部屋に閉じこもって。
そうしたら会うことは絶対にないから。
学校ではすれ違うことさえほとんどないから別に大丈夫。
学校行って、寮に帰って、タルタロス行って、学校行って、寮に帰って普段どおりの生活を送る。
けど、その中に先輩はいない。




「オイ順平」
「んー?」
昼飯の時間、ダチとメシを食ってると話しかけてきた。戒は委員会かなんかでいない。
「オマエ、顔色ワリイぞ。大丈夫か?」
「あー、最近ゲーム徹夜でしててさー、寝てねえの」
寝てないというより、寝れないというのが本当だけど。
自分のベッドで寝ててもあの夢を見てすぐに飛び起きちまうし、しょうがないから床で布団に丸まって寝ている。
それでもほとんど寝れないんだ。
「バッカじゃねーの?気をつけろよ」
「へーい」
「あ、そうだオマエ、真田センパイと仲良かったよな?」
イキナリあの人の名前が出てドキリとなる。
「・・・・・・ああ」
「なんかあったのか?あの人。朝見かけたけどスゲエ殺気だっててさー。近寄るなオーラがばしばし出てたぞ。
追っかけの女子も怖くて近寄れなかったみたいだし」
「別に。たまに一緒に帰ってたけど、それだけだし。そこまでは知らねーよ」
そう。仲が良いって思ってたのはコッチだけで。あの人にとっちゃオレなんかどうでもいい存在なんだろうよ。
じゃなきゃあんなこと・・・・。
「それもそーか。なあ知ってか?あの話・・・・」
オレはソイツの話に合わせて笑ってたけど、正直全然頭に入ってなかった。

オレは上手く笑えているかな?

「!?」
突然喉の奥がなにかうごめく感じがする。ヤバイ。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
そう言うと教室を飛び出して急いでトイレに向かう。個室の中に飛び込むと一気に吐き気が増してそのまま出してしまう。
「がっ・・・はっ・・・」
それを何度か繰り返し結局食べたもの全部を吐き出してしまった。
胃が空っぽになっても吐き気は止まらない。自然にでた涙で視界がにじむ。
ゼイ、ゼイと息がもれる。なんとか収まったか。・・・ったく、嫌になるなマジで。
ため息をついて水を流してから外に出る。すると、さっきまで一緒に話していたダチがいた。
「オイ、大丈夫か?」
変な様子のオレに心配して、ついてきたらしい。
「なあ、オマエマジで最近変だぞ!?毎回こーじゃねーか!!オレが気付かないと思ったか!?」
それには答えずに水道の蛇口を捻って水を飲む。
胃液独特の酸っぱい味が口の中に広がっていたのが、少し中和された。
「オイ聞いてんのか!順平!!」
「・・・・・悪い」
頼むから聞かないでくれ、と言えば急に静かになった。
「ハア・・・・。わかったよ。オマエがそうなったら頑固なのは知ってるけどな。オマエは演技が下手だし、
周りの奴らに影響けっこうあるんだ。覚えとけ。オレもオマエがそんなだと正直チョーシ狂う」 「オレ、そんなに分かりやすい?」
「かなり」
・・・・この様子じゃ、みんなもなんか気付いてるかもな。
「・・・・・・ああ」
大丈夫。そのうちきっと治るさ。


なんかムシャクシャして、体育では思いっきり走った。動けばこの気持ちが少しは晴れるかなと思って。
オレは選択でサッカーとってたから丁度いい。
傷とか痕は薬で治したから、見つかることはないしな。
「イーオーリー!!ボール行ったぞー!!」
「おー!!」
ボールを受け取るとゴールに向かって走り出そうとした。
・・・・・・?
ぐらっと世界が揺れる。足がもつれてうまく走れない。
そのまま膝をつくと倒れてしまった。動けない。
「!?オイイオリ!」
「大丈夫か!!」
「先生ー!!」
遠くで誰かが何かを言っているけど聞こえない。
視界がどんどん暗くなっていって、オレは気を失った。


いたい。
つかまれた腕がいたかった。
いたい。
好きにされた体がいたかった。
いたい。
何よりも、裏切られた心がいたかった。
悲しい。

ああ、オレは悲しかったんだな。

パチ、と目が覚める。
こういうときは、知らない天井だって言うのがお約束だったっけ?どっかのアニメの再放送で見たセリフがふと頭に浮かぶ。
けっこー余裕あんなオレ。って
「ココどこよ!?」
よいしょと体をおこす。
「お、目を覚ましましたか」
ぼさぼさの髪、無精ひげ、ビン底メガネ・・・・保健の江戸川じゃん。つーことはここは保健室か。
「倒れたんですよ、君は。体育の授業中にね」
思い出した。急に眩暈がしたと思ったらそのまま倒れたんだ。なっさけねえなあおい。
「・・・・・で、昨日は何時間寝たの?」
「へ?」
見れば、ペンと用紙を持って尋ねてきた。あ、記録すんのか。
「昨日は何時間寝たの?って聞いたんですよ」
「えーと6「ハイ嘘。正直に言わないと守護霊変えますよ」
怖いのか怖くないのかわからない脅し。なんでこの人が先生やってんだ。・・・・でも、なんか怖いから正直に言うしかないか。
「・・・・・・2時間くらいデス」
「ハイハイ2時間っと・・・・ご飯は食べてませんね」
「た、食べてますって!!」
「ハイ口開けてー」
あーん、と条件反射で口がひらくと喉を覗かれる。
「やっぱり。食べてても吐いたら意味ないんですよ。喉が見事に胃液でやられてますねえ。ハキダコはっと・・・」
オレの両手を手に取り手の甲の側をまじまじと見る。
「ありませんね。まあ、男の子だから当たり前か。吐けば一時は楽になりますけど、後が辛いのは自分だから、癖にしないようにしましょう」
書きながら話す江戸川先生。
「ハイ原因は精神の不調による過度の睡眠不足と栄養不足。それでサッカーなんかしたら倒れますね。
精神と体は密接に繋がっているんですから、大事にしないと後ろの人が怒りますよ?ヒヒヒ・・・・」
「ハイ・・・」
「友達にも散々心配されてましたよ。うるさかったから帰しましたがね」
そりゃ悪いことしたなあ。
「他の学年の子まで来たし。彼が一番うるさかったですよ」
・・・・・・彼?他の学年で来るっていったら・・・まさかな。
「誰でしたっけ?あの白い髪に赤いベストの・・・さ、さ・・・・」
「真田」
「ああ!そう真田だ」
「先輩が?」
ウソだ。あの人がオレの心配なんかするわけないじゃんか。
「彼、顔真っ青にして保健室駆け込んできましたよ。大丈夫なのかってすごい形相で詰め寄ってきますし」
よっぽど心配だったんでしょうねえ。

・・・・・。

「すげえ」
「ん?」
「すげえ、信頼してた人に裏切られて・・・・・」
ぽつり、ぽつりと言葉が出てくる。何にも知らないこの人なら少し言ってもいいかなって思ったから。

「その人にとってオレはどうでもいいんだなって思って」

「オレ、かなしくて・・・」

「何でもなかったって振り、しようとしてたのに・・・」

「体は言うこときかなくて・・・」

いたいなんでどうしてくるしいいたい・・・・・・かなしい。

そのまま黙ってしまたオレを見て突然話し出す江戸川先生。
「ところで、占いしてみませんか?」
「は?」
丁度ここにタロットが。と言って机をこちらに引きずってくる。そのまま上にのったカードをぐしゃぐしゃとかき混ぜると
「はい一枚引いて」
「はあ・・・」
「ワン・オラクルといってね。一枚引いただけで占う」
言われたとおりえいやっと引いてみる。表に返してみれば、男の人と女の人が抱き合っている絵が描かれてあった。
「LOVERS・・・恋人たちですか。寓意――意味は恋、魅力、娯楽・・・・。それで、君はどうしたいんです?」
「え?」
「これにはね、一人の男性と男性をめぐる二人の女性という絵がしばしば描かれるんですよ。
そこから、選択の時という意味もありましてね。道を決めるのは君なんじゃないですか?」
先生はカードから目を離してオレを見つめる。
「伊織順平、君はどうしたい?」
「オレ、は・・・」
目を閉じて考える。
真田先輩のことは正直許せない。
傷つけられたココロは、まだじくじくと血を流している。
けど、あの人のことをまだ好きで信じたいっていうオレが、どこかに存在するのも本当。
「オレは・・・・」

――――順平は、本当にそれでいいの?

チドリの言葉がよみがえる。

そっか。そうだよな。

オレ、まだあの人に何にも言ってない。




「ありがとうございました」
保健室を出て行くときに深々とお辞儀をする。足はまだ少しふらつくけど、これくらいなら自分で帰れる。
伊達にタルタロスで戦ってないつーの。
「いやいや。私は何にもしてませんよ。ところで君」
「ハイ?」
「私が開発した新薬の実験台にならないかい?ヒヒヒ・・・・」
「エ、エンリョしとくっす」
それは残念。そう言って笑った江戸川先生の、一瞬見えた分厚いレンズの奥の瞳は、ひどく優しかった。




夕暮れの道を歩きながらメールを打つ。あて先はあの人へ。


『話があります。今夜は残ってください』




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