「しっかしモテますねー。真田さん」
順平と二人で下校していると、突然順平がそんなことを言い出した。
「それがどうした」
自分でも不機嫌な声色になったのがわかる。俺はお前以外いらないのに。
「や、なんかうらやましいなーって。そんなにモテたら恋愛も悩まなくて済むでしょ」
「・・・・そうでもないさ」
たまにこいつの鈍感さが憎らしく思えるときもある。それに助けられているのも事実だが。
気が付かれて困るのは俺だしな。
それでもそう思ってしまうのが、人間というものだろう。
「本当に好きになった奴以外に好かれたところで、嬉しくともなんともない。ソイツ以外はな・・・・」
むしろ、お前が俺と同様の感情を返すことはありえんのだから、一生恋愛に悩むのではないだろうか。
理解していたことだが、改めてその事実を確認して嫌になる。
あの時お前はなんと返事をしただろうか?
順平がこちらを気にしている気配がするが無視をする。
惚れた奴に「モテますね」なんて言われたら流石の俺でも傷つくんだ。お前も少しは悩め。
しかし、お前の心を今占めているのは俺のことだけなのだと思うと心の底から嬉しくなるのも事実だ。
きっと順平は自分が何を言ったのか性格上必死で思い返そうとしているだろう。他の誰でもない、俺のことを。
「やっべ。真田さん、走りましょう!!」
突然、順平の声で現実の世界に引き戻された。
「あ・・・・?」
「雨ですって。ホラ早く!!」
気が付けば、少しづつ雨が降り出している。
ぼうっとしていた俺に業を煮やしたのか順平は俺の腕を掴んで駆け出した。
外させることもできたが、そのままにして共に走る。
結局寮につくころには二人とも濡れ鼠になってしまった。暖かいとはいえ今はまだ1月だ。流石に寒い。
「あ、すいません・・・」
掴んでいた腕を外される。
「いや」
俺としてはもう少しこのままでも全く構わないのだが。
順平が玄関のドアを開ける。
「ただいまーって誰もいねえし・・・・」
ラウンジには電気がついておらず誰も帰ってないことが予想された。
「おい!?順平!!」
気が付けば順平が上着を脱ぎシャツのボタンを外している。
「なんです?」
「あ、いや・・・・」
おそらく張り付いた服が気持ち悪くて脱いでいるのだろうが・・・・襲うぞ本当に。
・・・・・できたら苦労はしてないか。
そんな苦悩も知らず順平は戸棚を漁り目当てのものを見つけるとこちらにタオルを投げる。
「どーぞ。先輩、上だけでも脱いどいましょうよ。誰もいないんだし」
「・・・ああ」
溜息を一つ吐くと自分も脱ごうとボタンを外す。確かに脱いだほうがよさそうだ。
できるだけ視線を順平の方から外そうとするが上手くいかない。
俺だって健全な男子高校生なんだ。好きな奴の裸(に、近い姿)がそこにあったら目が行ってしまうに決まっているだろう!
二つの作業に悪戦苦闘しているうちに順平が振り向いた。
順平の日に当たってない部分の肌は意外に白かった。
その白い肌を情事で桃色に染められたらどんなに絶景だろう。
ほどよく筋肉のついたそのしなやかな体は、若い鹿を連想させた。
ほっそりとした首筋を髪から滴り落ちた水滴が流れ落ちる。
あの首に喰らいついたらどんなに甘美な声を聞かせてくれるだろうか。
外は雨が降り続けまるで二人だけの世界にいるような気分になる。
無言の時間が過ぎていく。
太陽が似合う順平をこの暗い隔絶された空間の中に閉じ込めたい。
自分の中の獣がみじろぎするのがありありとわかる。
これ以上は、危険だ。
自分を叱咤し必死の思いで順平から目をそらした。
「オ、オレ部屋に戻りますね!」
「・・・・・・・・ああ」
順平が足早に去っていく。おそらく本人は気付いていないだろうが。
様子がいつもと違っていた。
気付かれた、か。この汚らしい欲望に。
ぼんやりと思う。
ひどく恐れていた事態のはずなのに、落ち着いている自分がおかしかった。
思考が麻痺してうまく働かない。
いつから惚れていたのかはわからない。
順平をそういう意味で好きだと自覚した日のことを思い出す。
もともとやけに目があいつのところにいくなとは思っていた。だがそれはただの興味の筈だった。
それが順平が彼女の――チドリの病室に通っている姿を見ても微笑ましいとしか思わなかった。
二人が会話しているところを見るまでは。
順平は、まるで何よりも大切だというような瞳であの少女を見つめていた。
本人は無自覚だったろうがな。
あの少女も同じ瞳をしていた。
ヤメロと大声で叫んで二人の間に入ろうとする自分に気が付いて驚愕した。
その時になって初めて自覚した。
順平を欲しいと叫ぶ自分が存在することに。
だが、自覚したところでどうなる?
俺はただ、二人が近づいていく様を指を咥えて見ているしかなかった。
「仲のいい先輩」という仮面(ペルソナ)を被りながらな。
俺のこの劣情に順平が気が付いたときの嫌悪の表情を想像すれば、そうするより仕方なかった。
俺だって自分が信じられなかったんだ。
順平がこの感情を受け入れるはずがないじゃないか。
我ながら女々しいと思ったが、どうしようもなかった。
遅かれ早かれこの日が来ることくらい分かっていたじゃないか。
自分にそう言い聞かせる。
だが、その日は願わくばもう少し先であって欲しかった。
もう、少し。
「順平・・・・」
呟いた言葉はあまりにも小さかった。
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