それでも僅かな望みに縋り付いていた。
去ったときの順平の様子が変だったのは俺の勘違いだという。
しかしその期待はあっさりと裏切られた。その日のタルタロスで。
エントランスで残留組になった俺たちは、亜藤達の帰りを待っていた。
いつもなら、順平はその間煩いぐらいに俺に話しかけてきた。
しかし今日は俺のほうを見ようともしない。
――確定、だな。
溜息を盛んに付く順平を横目で見ながら呟く。

仕方がないことだが、心が痛む。俺はこんなに弱かったのか。
「順平君、大丈夫?顔色悪いよ」
よく見れば確かに順平の顔は真っ青だ。
「あー、うん」
本当は大丈夫だと言って駆け寄りたい。
今日はもう帰れと言いたかった。
けれど、今となってはそんな仲間として当たり前のことをする権利さえ俺にはないのだろう。
俺にできることと言ったらここから心配することくらいだ。
それすらも順平にとっては不快かもしれないが。
「大丈夫だって。これぐらい明日になりゃ治ってるって」
結局、大丈夫でなかったと聞いたのは偶然だった。
明くる日の朝、俺は朝に欠かさずやっていたランニングにも行く気がせず、通常の時間帯で登校することにした。
その時、ラウンジで山岸と岳羽の会話から順平の名前が聞こえ思わず聞き耳を立ててしまった。
「あれ?順平くんは?」
「アイツ風邪で休みだって。先生に言っといてくれって頼まれたわよ」
「そっか・・・・。昨日具合悪そうだったもんね」
「昨日雨に打たれたまんまでいたんだって。高熱出そうとアイツの自業自得よ」
だからさっさと帰っておけば良かったのにあいつは。



・・・・・少し様子を見に行くか。
偶には遅れても勉学に支障はない程度には勉強していることだしな。
今なら寝ていることだろうし、少しぐらい見に行ってもいいだろう。
そう、だからこれは別に不自然な行動ではない筈だ。
差し入れのミネラルウォーターの入ったペットボトルを片手に自分の行動を正当化する。
結局順平の顔を見たいだけなのだが。




予想通り順平はベッドで寝込んでいた。かなり荒い息だ。
想像していたよりも風邪は重度だったようだ。
しかし近くに置いてあった箱や水の入ったコップから、薬は摂ったのだろうということは推測できた。
おそらくもう暫くすれば病状は改善するだろう。
順平の様子を確認できたことだしペットボトルを順平の顔の傍にあったサイドボードに置いて立ち去ろうと近づいた。
その時だった。
順平が熱に魘されながら何かを呟く声が微かに聞こえてきたのは。
順平の口がゆっくりと形作る。
「・・・・ち・・・・ど・・・・」
チドリ。確かに順平は荒い息の中そう言った。
自分の心が急激に冷えていくのがわかる。
夢の中でまでお前を支配するのか。

(嫉妬で気が狂いそうだ)

ああそうだ。正直に言おう。俺は彼女に嫉妬していた。順平に近づくことのできた彼女へ。
そしてあの女は、順平の中に不可侵の領域を作り上げてしまった。
誰にも立ち入ることの出来ない聖域を見事に、命を分け与えるという方法で。 スケッチブックを見つめて微笑む順平を見ながら何度それを取り上げて目の前で引き裂いてやろうかと思ったことか。
忘れずに前を向く。恐れながらも立ち向かう。
そんな順平だからこそ惹かれたのに、感情はそれを無視して俺だけを見ろと叫ぶ。


自暴自棄になった心が囁く。

このまま避けられて、ただの仲の良かった先輩で終わっていいのか?

消えない傷跡を俺もつけてしまえ。

そうすれば順平の心に俺の領域が出来上がるぞ。

一生残る傷跡を順平につけてしまえ。


オマエにこれ以上失うものなどなにがある?


その言葉に何かが壊れる音が確かに聞こえた。


ベッドの傍に立つ。カーテンの掛かったままの部屋は薄暗かった。
俺の気配に気が付いて目覚めたのだろうか。
「さな・・・だ・・・さん?」
順平が擦れた声で俺の名を呼ぶ。
俺が誰だか分からない筈なのに名を当ててくれたことを以前なら喜んだのだろう。
だが、もう遅い。
「・・・・・・」
ペットボトルの蓋を捻り開けると水を呷る。
そしてそのまま水を口に含んだまま顔をもっていくと
「!?ンンんっ!!!」
朦朧としている順平にキスをする。 そのまま開いていた口に水を送り込み無理矢理飲ませる。溢れた水が順平の顎を伝って流れていく。
舌で咥内を縦横無尽に蠢かせれば、怯えたように順平の舌が奥に引っ込むが許さずに引っ張り絡ませる。
その間に被っていた布団を剥ぐと、順平の上にのしかかっていった。


後はもう、無我夢中だった。
順平がどんなに暴れても、止めてくれと頼んでも、何を言おうとも反応せず。
両手を片手で上に押さえつけ。
もともと高熱で力の出ない躰だ。抵抗を封じることは容易かった。
身に着けている衣服は破るか引き摺り下ろし。
躰のあちこちに噛み付くように痕をつけていく。
どうして、というように口が衝撃でぱくぱくと開くがそれには答えずに深い口付けをする。
足を無理矢理開かせると自分の唾液で指を濡らし潤滑油がわりにしてそこを乱暴に拓く。
無論快楽などある筈もない。
そしてその時は訪れた。
「ああアアあアっっっ!!!!!」
俺を捻じ込めば、淡い期待が裏切られた、驚愕の表情。きっとこんな表情は誰も見たことがないだろう。
俺だけの順平の表情。
痛みに耐えようとする順平が愛しかった。
うっとりとなって見つめる。ゆっくりと動き出しながら、俺の行為によって流される涙が溢れ出す瞬間を今か今かと待ち望んだ。
ところが。

順平は、今にも流れ出しそうだった涙を目を閉じて飲み込んだのだ。

何故!!

かっとなって乱暴に躰を揺する。
それでも順平は涙を流そうとはしない。

俺のために泣くのは、そんなに嫌か。
ふつふつと煮えたぎってくる。


だったら泣くまで抱くまでのことだ。
順平の膝を抱え上げると肩に担ぎ更なる責めを開始した。


しかし順平の反応は俺が責めを強くする度ごとに薄くなり、終には諦めたような表情で俺を見つめたまま抵抗もしなくなった。
ただ、どうしてとその瞳が問うているだけだった。
こんなことをしいる俺を責めるでもなく、どうしてとただ疑問を投げかけるのみ。


それから、どれだけ時間がたったのだろうか。
意識のなくなった順平をベッドに残し部屋を立ち去る。


結局、順平が涙を見せることはなかった。


 4  6